13月の狩人








第二部







21








重苦しい沈黙が辺りに満ちている。その沈黙を、先に破ったのはテレーゼだった。

「どうしてわかったの? 私が代行者だって」

問われて、フォルカーは鼻をすん、と鳴らした。

「においだよ。テレーゼの実家で矢が飛んできた時、テレーゼのにおいがしたんだ」

「私の実家で、私のにおいがするのは当たり前じゃない?」

「……テレーゼ、たしかもう何年も実家帰ってないだろ? なのに、においは新しかった。古いにおいと新しいにおい、両方同時に嗅いだから、流石におかしいと思ったんだよ」

北の霊原に行く途中で襲われた時は、残り香だろうと深く考えなかった。テレーゼもフォルカー同様、何度も北の霊原へ通っていたのだから、においが残っていてもおかしくない。それでなくても、あの時は目に見える季節がころころと変わって軽くパニック状態になっていた。

ユリウスに会う直前に襲われた時は川に落ちて、においどころではなかった。

襲われて、冷静に考えながら動けたのは、実はテレーゼの実家での戦いが初めてだ。

「テレーゼが代行者かもしれねぇって思ったら、なんか……今まで引っ掛かってた事とか、ほとんど解決しちまったんだよな。俺が北の霊原に何度も通ってた事、テレーゼなら知ってるから、時間がわからなくなるように仕掛けてくるのも納得だし。北の霊原を出た後に二回襲ってきたけどすぐに引いたのは、親父さんが近くにいたからなんだろうな、とか。季節がころころ変わるのも、今のテレーゼなら魔法で幻覚とかできそうだし。っつーか、季節変えて時間わからなくするとか、カミルの幻出すとか、やる事が悪趣味過ぎるぞ! いくら何でも、あそこまで狩人っぽくやろうとしなくても良いだろ! 仕事がくそ真面目過ぎて、テレーゼが代行者だって納得しちまっただろうが!」

そう説明され、抗議もされて、テレーゼは「ふぅん」と小さく呟いた。

「驚いた。まさか、フォルカーにそこまで読まれるとは思わなかったわ」

「……なんか、馬鹿にしてねぇ?」

「馬鹿にされるような事を、フォルカーが今まで積み重ねてきたって事でしょう」

呆れた口調でため息を吐き、そしてテレーゼはフォルカーの目をまっすぐに見た。

「どうして、って、訊かないのね?」

「どうして?」

おうむ返しにフォルカーが言葉を発すれば、テレーゼはこくりと頷く。

「どうして代行者なんかやって、十三月の狩人の味方なんかしてるんだ、って。フォルカーなら怒ってそう訊いてくるかなって思ってたんだけど」

「訊くも何も、カミルとレオノーラのためだろ? 十三月の狩人は、獲物が逃げるか代行者が狩りを成功させるかすれば、願いを叶えてくれるんだし。二年間、テレーゼやヴァルターのおやっさん、テレーゼの先生が頑張っても、カミル達は起きなかったんだし。可能性があるなら、それを試してみたくもなるだろうよ」

まぁ、試すためには俺を殺さなきゃいけねぇわけだけど。そう言って、フォルカーは剣を抜いた。

「……で、どうする? 俺はテレーゼがやる気なら、相手になるしかねぇなって思ってるけど?」

すると、テレーゼもため息を吐きつつ杖を出す。

「やるしかないでしょ。……大丈夫。十三月に死んでも、本当に死んだりしないのはカミル達が証明済みよ。悪いけどフォルカーにはしばらく目覚めなくなってもらうわ。それで……カミル達が目覚めたら、今度は三人でフォルカーを起こしてあげるから」

「……それ、何年かかるんだ……?」

「そうね……カミル達が元気になるまでにどれだけかかるかわからないし。去年は呼ばれなかったし、似たような状況になる可能性も高いわ。……確実に、二年以上はかかるでしょうね」

うんざりといった顔をするフォルカーに、テレーゼはくすりと意地悪く笑って見せた。そして、ローブの下をまさぐり、胸元から何かを取り出す。

それは、ペンダントだった。そして、どこかで見た事があるペンダントでもある。

必死に記憶をまさぐり、フォルカーは一つの記憶に辿り着いた。

あれも、二年前にカミルが身に付けていた魔道具だ。中央の街でフォルカーが買おうとした、見かけよりも物がたくさん入る鞄と同じ原理で作っているらしい。簡単に言うと、ペンダントなのに色々と大きな物を収納して持ち歩く事ができる。

そして、二年前にあのペンダントに入っていた物と言えば……。

「テレーゼ、そのペンダント……もしかしなくても……」

「えぇ、カミルの机の上に置いてあった物を拝借したの。流石に、カミルは用意周到よね。あの時持ち歩いていた道具、全部紅塗月の最終日のうちに用意しておいたみたい。全部、カミルの部屋から見つかったわ。……勿論、後でちゃんと返すわよ」

ペンダントが光り、黒いクロスボウが姿を現す。これにも、見覚えがあった。二年前に、カミルが使っていた……。

「けど、それも魔道具だろ? 魔力を入れてくれる、レオノーラがいねぇと……」

「……魔道具に魔力を籠める事ができるのは、妖精だけじゃないわよ?」

言われて、フォルカーは舌打ちをした。そうだった。テレーゼはあれから努力を積み重ねて、今では相当量の魔力を持っている。カミルの魔道具を使えるだけの魔力ぐらいは、余裕で持ち合わせているだろう。

「……フォルカー兄……」

「……っとにタチ悪ぃ……。テレーゼとカミルとレオノーラが皆して敵に回ったみてぇで、良い気はしねぇな……」

ぶつぶつとこぼしながら、フォルカーは剣を構える。同時に、テレーゼがクロスボウを構えた。

テレーゼがクロスボウに魔力を籠め、そして矢が射出される。それらを全て斬り落とすべく、フォルカーは剣を構えたままに地を蹴った。










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