13月の狩人








第二部







19








二日後、引き留めるユリウス達に宿泊の礼を言い、フォルカー達はユリウスの家を後にした。

「どうして急に、ユリウスさんの家を出る事にしたんですか? フォルカー兄」

不思議そうな顔をするマルレーネに、フォルカーは「んー……」と難しそうに唸りながら頭を掻く。

「二年前に、テレーゼに言われた事、思い出したんだよな」

二年前、初めて十三月に呼ばれた時。食堂で食事をしたいと言ったフォルカーに、彼女は言った。

「もし食べてる途中で十三月の狩人に見付かって襲われたら? 周りの、十三月の狩人の姿も矢も見る事ができない人達に迷惑をかける事になるじゃない」

「周りの人達に矢は当たらないけど、フォルカーの剣や、私の魔法は当たるのよ? 食堂が混んでたら、逃げ出すのも一苦労だし」

二日前の夜、ユリウスは狩人の矢を斬り払うフォルカーの様子を見たらしいが、それを素振りだと言った。彼には、狩人の矢が見えていなかったのだ。

十三月に呼ばれていない人間には矢が見えないという事を改めて実感した。そして、このまま厄介になっていれば、いずれはユリウスかアガーテか、はたまた別の人物か。誰かに怪我をさせる事にだってなるかもしれない。

だから、ひと気の少ない場所に行かなければならない。そう、フォルカーは説明した。

その説明に、マルレーネはひとまず納得したのか、同じ質問が繰り返される事は無かった。だが、数日かけて南の砂漠へと歩き、かの地が近付き気温が上がってくるにつれ、別の疑問が湧いたのか、またも首を傾げて問う。

「けど、何で南の砂漠なんですか? ひと気が無い場所に行くにしても、他にもう少し安全な場所はあると思います。南の砂漠だと暑いし、食料を手に入れるのも一苦労ですし。それより何より、強いモンスターが出ますよ?」

狩人に狙われていなければ、南の砂漠へ行くのもそこまで危惧しない。フォルカーの今の剣の腕前なら、モンスター達もそれほど恐れるほどではない。過酷な地と言っても大体の広さはわかっているわけで、事前にしっかり計算して準備をしておけば、食料も何とかなる。

だが、今は狩人に狙われている状態だ。どんな計算違いが起こるかわかったものではない。フォルカーは狩人と遭い戦う事を望んでいるが、そこでうっかり傷を負おうものなら、命にかかわってくる。

これが、十三月の最終日であれば、まだ良い。死にさえしなければ、十三月が終われば体の傷は無かった事になり、目が覚めた時には安全な場所だ。フォルカーの場合は目覚めても南の砂漠だが、それでも傷が無かった事になり、狩人に狙われなくなるのだから状況は好転すると言って良い。

しかし、今年は十三月が終わるまでにまだ数日を残している。傷を負い、日が過ぎるうちに悪化させて、十三月が終わる前に死んでしまう可能性だってあるわけだ。

そう、マルレーネに言われて。フォルカーは頭を掻いたり唸ったりと、しばらく言葉を探す仕草をした。

「いや、なんつーかな……南の砂漠って、本当に何も無ぇだろ? 何も無ぇって事は、視界を遮る物も無ぇって事で……」

「……たしかに、狩人に襲われた時、どこに狩人がいるのかわからない……という事は無いかもしれませんが……」

フォルカーの言わんとする事を正しく読み取ったマルレーネだが、それでも渋面を崩さずにいる。そんなマルレーネに、フォルカーは「理屈じゃねぇんだよ」と苦笑した。

二人は、既に南の砂漠に足を踏み入れている。ざくざくと砂を踏みながら、フォルカーは言葉を続けた。

「これは俺の勘なんだけどな。ここに来るのが、一番狩人に遭えそうな気がするんだよな」

「そうなんですか?」

「おう。……ちびすけには悪ぃけど、俺は十三月の狩人に遭わなきゃいけねぇし、戦って、勝たなきゃいけねぇし」

そう言ってから、フォルカーは深い溜め息を吐いた。

「けど、狩人の他に代行者もいるんだよなー。正直、そっちの方が、気が重いっつーか……」

マルレーネは、フォルカーのその言に「あぁ」と頷いた。

「代行者は、立場は違っても私達と同じで、狩人の獲物みたいなものですもんね。獲物と代行者の関係にさえならなければ、絶対に戦う事の無かった人でしょうし……」

「それもあるんだけどなぁ……」

もう一度、フォルカーは深い溜め息を吐いた。そして、歩きながらフォルカーは、マルレーネに「なぁ」と声をかける。

「ちびすけ、お前さぁ……今年の代行者って、どんな奴だと思う?」

「え?」

一瞬きょとんとして、マルレーネはしばし考えた。そして、素直に「わかりません」と言う。

「……襲ってきた回数は話しに聞くほど多くありませんでしたし、勿論直接会った事もありませんし……推測のしようも無いですよ……」

その言葉に、フォルカーは「だよな」と頷いた。だが、すぐに「けど……」と言葉を継ぐ。

「なんか俺、今年の代行者がどんな奴か、わかったような気がするんだよな」

そう言って、掌を広げる。目を丸くしているマルレーネの前で、右手の親指を折って見せた。

「性格は、すっげぇ真面目。でもって、怒りっぽくておふくろみてぇな感じ。料理と掃除が上手くて、調味料を入れる時に目分量とか絶対にやらねぇ、匙とかできっちり量るタイプ」

言いながら、指を次々と折っていく。

そうしながらも、足は止まらない。ざくざくと歩を進めていく。

遠くに、人影が見える事にマルレーネは気付いた。フォルカーは気付いているのかいないのか、喋るのを止めずにいる。

「でもって、責任感が強過ぎるな。何でも一人で抱え込んで、人に頼るのが下手っつーか。あと、最近知ったんだけど、実は可愛い物が好き。部屋には必要な物しか置かないようにしてるけど、本当はぬいぐるみとか飾りたいんじゃねぇのかな」

歩いているうちに、人影だった物が、その姿をしっかりと判別できるほどになった。薄桃色のドレスの上に、濃紺のローブ。フードの下から見覚えのある赤茶色の髪が覗いている。腰に二本の杖を差している女性だ。

フォルカーが足を止め、真正面から女に向かい合った。

「そうだろ? テレーゼ」

問えば、軽い溜め息が聞こえてくる。

そして、テレーゼは無言のままフードを取り払った。










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